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小説ふたつめ

ホームページに一番先に載せたのがこの小説。
これが目に止まって雑誌に紹介されたのが、一番最初だったのだ。d(^-^)
まだネットについて何にも知らなくていろいろ苦労してたけど、けっこうメジャーな雑誌に紹介されたおかげで頑張れたのかもね。

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青空、車椅子・・・そして最高のバースデイ


海岸を老夫婦が静かに歩いていた。

雲一つ無い青空に見守られ、朝の涼しい風に背中を押され、二人はゆっくりと海岸沿いの
きれいに舗装された歩道を歩いている。
老人は深く車椅子に腰を下ろし、その車椅子を後ろから妻が押して歩いている。
朝が早いせいか回りには他に誰の気配も無い。

「ここで止めてくれ・・」そういったのは老人。

妻は素直に車椅子を押す手を止めた。
老人は再びゆっくりと口を開く。

「ここだ・・ここだよ。子供の頃に住んでいたのはこのあたりだ。
キレイに整備されてはいるが、ここから見える海の景色は昔のままだ。」

老人は重たそうに自分の右手を上げ、海に浮かんだ小さなふたつの小島を指差した。

「ほら、あそこだよ。良く泳いで渡ったものだ。」

妻は優しげに微笑んだ顔でそれに答える。

「まぁ、あんなに遠くまで。子供たちには危ないからって、プール以外では泳がせなかった人が。」

老人は苦笑い。

「今日は何の日か知ってます?」

「・・・・・・。何か忘れていたか?わしも、忘れっぽいからな。あはは・・・。」

その台詞を聞いても妻は笑顔のままだ。
そして妻はバックの中からゴソゴソと何かを取り出した。

「あなたの子供たちはいい子ばかりですよ。今日はあなたの誕生日。
あなたが欲しがっていたものを、兄弟で必死に探してきてくれたんですよ。」

そう言いながら古ぼけた金色の懐中時計を老人の手に握らせる。

「・・・こ・・これは。」 

老人は目を見開いて驚いた。

「はい。あなたがずっと探していたでしょ。子供たちがあなたに最高のプレゼントをしたい
からって、必死に骨董やを探して回ったみたい。間違いないですよ。お父さんの名前も
キチンと彫ってあるから。」

老人は震える手で懐中時計の蓋を開けた。
古ぼけて針は止まっている。
しかし大切に保管されていたのだろうピカピカに磨かれているし、傷も少ない。

そして蓋の裏には『田辺 誠一郎』と名前が刻んであった。
その名は老人の父親の名。
老人が幼い頃、病死した父親の名であった。

「おぉ・・」

言葉にならない言葉だった。

「あなたがずっと探していたのを知ってたのは私だけじゃなかったみたいですよ。
私も昨日の夜、これを手渡されてビックリしたんですから。あとで、『ありがとう』って
優しい息子たちに電話でもかけてあげてくださいね。」

老人の目に涙が溢れ出す。

ポロポロ、ポロポロ・・大粒の涙が溢れ出す。

その様子を見て、黙ってハンカチを差し出す妻。
老人は左手で懐中時計を握り締め、もう片方の手で必死に涙を拭った。

「すっかり涙もろくなりましたね。昔は怖いくらい強気だったのにね。」

老人は必死で涙をこらえようとした。
でも涙は止まらない。

「違う・・違うんじゃ・・・」

かろうじてその言葉だけが聞き取れた。

「・・・わしは・・わしは、臆病だった。卑怯もので臆病だった。ずっと天涯孤独だって
お前にも言ってきたが、違うんじゃ。わしは・・わしは・・・。」

息が詰まりそうになる老人の背中を妻は必死でさする。

「・・・落ち着いて。・・落ち着いて。」

なだめようとする妻。
しかし老人は口を閉じようとはしなかった。
むしろ今しか話せないとでも言わんばかりに、その目は強く訴えかけている。

そして力強く、一言一言噛み締めるように言葉を繋ぎ始めた。

「聞いてくれるか・・・お前にもウソをついていたが、わしには妹がいた。2つ下の妹だった。
オヤジが死んだのは9つの時。お袋も半年後に後を追うように死んでしまった・・・。
残ったのはわしと妹、それとこの懐中時計だ。
・・・わしにはなんにもわからんかった。家には大きな家具やお袋の綺麗な和服もたくさんあった。
だがな、お袋の葬式が終わった後には何にもなくなってた。
覚えているのは、お袋の着物に泣きながらしがみつく妹の手から無理矢理着物を奪い取って
行く女の人たちの姿だけ・・。」

「・・生きることだけで精一杯な時代でしたからね。そういうこともありましたよ。」

ふ~っ・・老人は大きく深呼吸した。

「そう・・気が付いたら、何にもなくなっていた。あったのはわしと妹と懐中時計だけだった。
妹はわしにベッタリくっついていた。親戚をたらいまわしにされている間もずっとベッタリ
くっついていた。でもな・・・わしはどこかで妹を邪魔だと思っていたのかもしれん。
・・いや、思っていたんだろうな、心の奥では・・・。」

老人は空を見上げた。

「あの時もこんないい天気だった。腹を空かせていたんだよ、わしも妹も・・。
畑仕事の手伝いをさせられて帰ってみると、妹は美味しそうなパンをわしにこっそり手渡した。
食わせてもらってる身分で、こんなものを食べていると必ず叱られるとわかっていたから、
誰にも見つからないようにこっそりとわしに渡したんだ。
その時は嬉しくってな。二人で半分にして一口づつ味わって食べたんだ。」

「かわいい妹だったんでしょ。きっとあなたも邪魔だなんて思ってはいなかったはずですよ。」

「そう・・・今思えば、妹はわしに喜んでもらおうと必死だったのかもしれん。
だがわしは妹を突き放した。・・・そのパンを貰う代わりにこの懐中時計を誰かに渡していたんだ。
オヤジの形見のこの懐中時計を・・・。
わしは許せなかったんだ。
いや・・・わしは、やり場の無い不満を誰かにぶつけたかっただけなんだ。
そしてその日にそれまでは断ってきた妹の養子への誘いを受けた。
次の日に泣きながら引きづられて行く妹に、わしは背中を向けて何一つ言葉をかけてやらなかった。
・・・たった一人の妹に。守ってやるべき妹に。」

「違います。」

妻がはじめて言葉を遮った。

「言わないでくれってお願いされていたんですけど・・・自分をいじめるあなたは見たくありません。」

妻の目にも薄っすら涙が浮かんでる。

「懐中時計をあなたが必死で探しても見つからなかったわけは、もう誰かが見つけていたから・・・。
わかるでしょ? あなたにいつか返そうとあなたのように必死で探した人が誰か。」

一呼吸おいて妻は続けた。

「勇二がパソコンで呼びかけたら返事が返ってきたんですって。うちの亡くなった
おばあちゃんが返さなきゃいけないものだからって大切にしまっていた懐中時計があるって・・・。」

老人は言葉を失った。

妻の頬を伝って涙が老人の手の甲に落ちる。

「・・・全部聞いたんですよ。その妹さんの息子さんたちに。あなたを探していたって・・・
あなたに返したいって。そう言いながら息を引き取ったってことを・・・。」

老人は再び大粒の涙を零した。妻も横で同じように涙を零す。
懐中時計が何十年もの間、ピカピカで大切にされていた事実が老人に妹の気持ちを語る。
繋がりあう心は同じなのだ。
そう、その妹の心も同じだったのだ。
ずっと消そうとしてきた思い出は、消すべき思い出ではなかった。

老人は救われた思いで胸がいっぱいだった。
心の奥底で負っていた深い傷が徐々に癒されていく・・涙をひとつ・・またひとつ零す度に・・。

そして、二人の涙が枯れるに十分なほど、周りの景色は静けさを与えてくれていた。

「わぁ~キレイだね。」

突然、足元から声がした。
そこには小さな女の子が立っている。

妻は驚いたが、老人は泣きながら微笑んでもいた。

「欲しいのかい?」 

老人は女の子に向かってそう言った。

「えっ?くれるの?」

女の子の嬉しそうな顔。

妻はその言葉にも驚いてはいたが、止めることはしなかった。

今日の主役は夫だから。
今日の我儘は全部聞いてあげようと決めていたから。

「わしにはもう必要なくなったからな・・・。大切にしてくれるかい?」

「うん!」

女の子は大きく頷いた。

その元気な笑顔に微笑みを返して、老人は懐中時計を首にかけてあげた。

「わーい。ありがとう!」

そういうと女の子は駆け出した。

妻の横をすり抜けて走っていく・・・。

何気に女の子の姿を目で追いかけようと妻が振り向いた時にはその姿はどこにもなかった。
不思議に思いながらも目を夫に向けなおした。

「良かったんですか?」

老人は笑っている。

「あぁ・・・もうわしはもっとすごいものをもらったから。
もう欲張る年じゃないしな。
・・・最後にもう一つだけわがまま聞いてもらっていいか?」

老人が何を言いたいのか妻には分かっていた。
80才が近い夫はもう長いこと病院にいる。
自分がガンであることも本人は知っている。
それでも弱音を吐かなかった夫が急にふるさとの海が見たいと言った。
そしてそう言ったのが誕生日の前日でもあった・・・。
だからどうしても今日はここに来てあげたかった。

それが妻の精一杯の優しさだった。

「ここで少し寝てもいいかな?ほっとしたら眠くなってきたよ・・・。」

妻は涙を零しながらボロボロの顔だったけれど、それでも精一杯の笑顔を作った。
普通の人にはそれが笑顔になんて見えはしないだろう。
だけど、老人には分かっていた。
それが、こぼれるほどの優しさが詰まった笑顔であるということが・・・。

「・・・はい・・どうぞ。わたしが起きてて・・・あ・・・あげるから。」

上手く言葉にはならなかったが、老人には伝わっている。

老人はゆっくりと目を閉じた。

雲一つ無い青空に見守られ、朝の涼しい風が二人を包み込でいく・・・。

時間の流れさえ忘れてしまいそうな穏やかな空間の中で、老人は眠りについた。
自分が苦しんできた・・・自分で罪だと思い込んできた重圧から解放され、愛すべき人の
笑顔に温かなやさしさを感じながら・・・。

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