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小説を掘り返して……

ホームページに載せてる小説をこっちにも…… (*^▽^*)ゞ
ブログの方が誰か読んでくれるかもしれないので、とりあえず週一くらいで載っけておこうかと。
運がよければ、また雑誌や新聞で紹介してもらえるかもしれないので。f(^^;)

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時を埋める筆

「さて、そろそろ行こうか」

老人はそう呟いて立ち上がった。その弱った体には似つかわしくないほどに感じる大きなキャンパスを目の前に立て、筆を持って立ち上がる。

「ここで最後だ」

ふぅ~っ…という大きな呼吸と共に、筆を目の前に立てその景色を睨んだ。
ここは小さな湖のほとり。老人には思い出深い場所である。
忘れることなど出来ない大切な思い出の場所。

「ふ~ん、絵を描いてるんだ」

そういう可愛い声が背中の方から聞こえてきた。ゆっくりと振り返るとそこには小さな男の子が立っている。言葉をかけたのはこの男の子。まだ小学校にも通っていないような小さな男の子。

「そう、おじいちゃんは絵を描いてるんだよ」

子供は背伸びをしてキャンパスを覗き込む…。その仕草が可愛くて、老人は自分の体をキャンパスから離し、男の子に良く見せた。

「おじいちゃん、上手だね」

「ありがとう」

老人のシワだらけの顔は、更にクシャクシャになるほどに微笑んでいる。
男の子はそれ以上話すこともなく、老人の後ろにちょこんと腰を下ろし、老人の筆の動きを見つめ始めた。老人もまた何も言わず、筆をキャンパスに向ける。
老人はこの十年間ずっと絵を描き続けていた。三十五年間勤め上げた会社を退職してから、ずっと絵を描き続けていた。
最初に描いたのは病院。古ぼけた小さな病院で、今では使われる事も無くなったガランとした建物。
そこは老人が最初に出会った場所だった。知らせを聞いて飛んで駆けつけると、妻が小さい命を抱いて横になっていた。それが初めての出会い。
次は小学校を描いた。もうすでに古い校舎は取り壊され、今は綺麗な姿へその風貌を変えてしまってはいたが、風景と睨み合いしながら老人はひとつひとつ丁寧に描いた。
海も描いた。海が大好きだと言っていたことを思い出したから。海水浴なんて一度も連れて行ったことはない。いつも仕事仕事で遊んであげることなどなかった。その証拠に絵日記には妻の姿ばかりで、老人の絵はどこにもなかったのだから……。
十年間で書き上げた絵は百枚近くにもなっている。ほとんど毎日描き続けて、そういう数になった。

老人はずっと後悔していた……。その後悔を晴らす為に必死で絵を描いていた。

「おじいちゃん、どうして絵を描いてるの?」

不意に男の子が問い掛ける。

「おじいちゃんはね、おじいちゃんの子供の気持ちをこうやって聞いているんだよ」

「ふ~ん…」

その答えが分かったのかわからないのか、男の子は再び口をつぐんだ。
二十五年前、事故で息子を失った。失って初めて、今まで自分のしてきたことを悔やんだ。

自分は何もしていない……

なにも伝えられていない……

仕事ばかりで、息子を正面から見ることさえもしていなかった。それから二十五年という長い月日をずっと悔やみ続けてきた。
そして定年退職という言葉と共に仕事も終わりを告げ、完全に逃げ場を失った時、ようやく正面から向き合う覚悟ができた。息子の歩いて来た道を、自分も追い駆けてみようと……。
そして息子の足跡の残った風景を、全て絵にしようと思った。
それまでは絵なんて描いた事は無い。もちろん絵筆を手にしたことさえ無い。だが息子の書いた絵日記を見る度に、そこに心があるような気がした。息子の心に触れたような気がしたのだ。
だから老人は絵に話し掛ける。話し掛けながらまた筆を加える。そうやって十年間絵を作ってきた。

「その子誰?」

男の子はまた問い掛けた。今、目の前の景色には湖が広がっているだけで、人影なんてどこにも無い。なのに老人の絵の中には男の子が一人描かれていた。

「これはおじいちゃんの子供だよ。本当はもっとずいぶん大きくなってたんだけどね」

そう老人は答えた。

「ふ~ん…でも、どこにいるの?」

その質問に困ることもせず、老人は自分の上着の内ポケットを探って、四つに折りたたんである古ぼけた一枚の紙を取り出した。そして自信に満ち溢れた笑みで、男の子の前にその紙を広げて見せた。

「ほら、ここにいるんだよ」

その紙は一枚の絵日記だった。落書きのような絵ではあるが、ここの風景だとわかる。そしてそこには小さな子供と大人の男の人が書かれていた。

「これ、おじいちゃん?」

男の子は絵の中の男を指差してそう尋ねた。そしてその問いに老人は大きく頷く。

「そう、おじいちゃんだよ」

たった一枚。たった一枚だけ自分が描かれた絵日記があった。絵の下の僅かな二~三行の日記にはこう書かれている。

『今日はお父さんがキャンプに連れて行ってくれました。魚は連れなかったけど、すごく楽しかったです。お父さんはバーベキューしてくれました。すごくおいしかったです。』

ここはたった一つの思い出の場所。息子と遊んだ思い出の場所。老人はこの一枚の絵日記に救われていた。これが息子と語れる唯一のものであったから……。
だから絵を描き始めた時に決めていた。最後の絵はここにしようと決めていた。
老人は涙がこぼれそうだった。こぼれないうちに、キャンパスへ向き直って筆を取った。
絵を描きながらずっと話していた。そして聞いてもいた。息子がどんな風に過ごしてきたのか、どういうことを考えていたのか。その全てが絵を通して伝わってくる。
だから休まず描き続けたのだ。愚かな自分のことを責め続けながら…。
だが、それもあと一筆…あと一筆で終わる。
年老いた体は外の風に長時間触れることを許さなくなっていた。今日が終われば明日からは病院のベッドの上。今日で終わりなのだ。今日で終わりにしなければいけない……。老人に明日は無いのだ。

ゆっくりと最後の筆を置いた。

「ありがとう」

そう男の子が言ったように聞こえた。しかし老人が振り返ったその場所には、もう男の子の姿はなかった。それを不思議がりもせず、老人はその場にゆっくりと腰を下ろす。
そして何も言わず、ずっとキャンパスに笑いかけていた。
何か楽しい会話でもしているかのように優しく微笑んでいた。
そしてその笑顔のまま老人は眠る。ずっと深い眠りに、笑ったままのその顔で……。

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みなさんの感想まってます。m(_ _)m

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