杭打ち工事の施工データ改ざん問題

ニュースを見てて、だんだんと的外れな方向へ進んで行ってしまってる……って思うことがあるのだ。

旭化成建材の杭打ち工事の施工データ改ざん問題もそのひとつだったりする。

黒いネコはそっち系の仕事してるので、内容や実態は、ふつーの人以上にわかるのだけれど、ビルの傾きが、くい打ち工事だけのせいじゃないってことは簡単に推測できるのだ。

ちょっと具体的に説明するけど、ニュースになってる横浜市の場合は、全4棟で473本あったとされる杭のうち、3棟の70本が偽装だったっていう発表だったよね。

セメント量の改ざんが3棟の45本で、支持層に届いたかを確認するデータの偽装は38本で、計13本は二つの不正が重複。

これだけ聞くと、ふつーの人は、「とんでもない事態だ!」って思うはず。
確かに日本の規格、基準上から判断するととんでもないことには間違いないのだ。

でも、これだけで本当にビルが傾くかと言えば、そうでもないのだ。

杭の強度(強さや支持力)には、安全率っていうのがかけてある。

これは何かっていうと、100㎏のものを支えるのに100㎏の強さの柱を使ったら、確かに数値上は持ちこたえるけど、実際は予期せぬ応力(力)が加わるから、壊れてしまうのだ。

だから、安全率っていう係数を掛け算して、実際の3倍程度の強度で計算されてるのだ。
100㎏なら300㎏の強度の柱を使うって……。

今回は473本のうちの70本が偽装されてるけど、この70本が重さに対してマイナスの力になってるわけじゃなくて、本来の力よりも弱い力しか発揮できていません……っていうのが実状。
割合から考えると、現状でも設計上の8割以上はあると思うのだ。


わかりやすくたとえ話で説明すると、計算上では1000t(トン)持ちこたえるべき杭の力が800tしか持ちこたえられません……っていうこと。

でも、安全率をかけての計算なので、実際の建物の重さって350tしかない。
800t持ちこたえるはずなのに、350t程度で傾くはずがないのだ。

だから、普段から多少改ざんしても、建物に大きな影響が出ないもんだから、改ざんする人が安易に出てもわからなかった。

安全率っていうのはもともと、地震も含めた不測の事態を想定したものだから、通常時には過剰な強度なのだ。

それが傾いたというこということになると、杭うちの施工の改ざんだけじゃなくて、他にも大きな問題があると思ってしまう。

ボーリングデータ(地質調査)についての間違いや、設計上の必要な地盤耐力の間違いがあるんじゃないかな?

ビルの傾きが、くい打ち工事の改ざんだけで終わってしまうと、本当の原因が闇に葬られてしまう可能性もあるのだ。

ビルそのものの設計を、もう一度検証しないと……。

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第153回芥川賞に選ばれた「火花」

お笑いコンビ「ピース」の又吉直樹さんによる『火花』を呼んでみようと本屋さんに行ったら売り切れだった。
芥川賞受賞しちゃった勢いで大きく話題になったから、みんな買いに走ったんだろうね。

……もうちょっと早くに行けばよかった。

仕方ないので、アマゾンで注文。
お届け日が八月になってたので、ネットでもかなり売れている様子なのだ。

最近目が悪いので、雑誌読むのもかなり億劫になってたんだけど、思い切ってメガネを購入。
……乱視が良くないみたいで、眼鏡屋さんで乱視用のレンズでみると、景色が驚くほどクリアに。
あー、世界が違う……って思ったのだ。

徐々に悪くなると、どれだけ悪くなってるか、気付きにくいんだろうね。

メガネかけてみて、どれだけ視界がブレてたかがわかる。

……鏡をみると、メガネをかけるだけで、印象がずいぶんと変わってしまう。
うん、うん、なかなかインテリに見える。
ボサボサな感じが、ちょっと知的に……自分でそう思ってるだけかもしれないけど。

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引き寄せの法則の大きな間違い

あえて否定する必要もないのだけれど、どうにもおかしな方向へ進んでる人も多いので、引き寄せの法則のおかしな点をちょっと書いておくのだ。

一般的には、成功をイメージすれば成功したり、お金持ちになる自分を寸分も疑わなければ、お金持ちになるっていうのが、この法則を肯定している人たちの意見。

肯定派の中には、もうちょっと別の見方をしてる人もいるけど、そっちは少数。

でもですね、人間がいくら思考を巡らせても、引き寄せられないものはやって来ないのだ。

空を飛ぶことを信じて疑わなくても、空に飛びだせば重力に引かれて落下してしまうし、サンタクロースを信じて疑わない子供もいるけど、サンタクロースが実際にプレゼントを持ってくることはないし。

震災の津波に襲われた時、危険だと感じていち早く非難した人が救われて、大丈夫だと考えた人が命を落としてしまった。

似た性質のものは確かに引き合うのだ。

でも、人の思考で何でも引き寄せられるというのは、あまりにも無責任だと思う。
自分の子供が障害者になるように願ったり、事件に巻き込まれて命を落とすことなど願う親はいないからね。

人に不幸が訪れるのは、誰かが願ったわけじゃない。

引き寄せの法則っていうネーミングは、欲望から生まれたもの。

元々あったのは、『似た性質のものが引き合うって法則』。

これは、AとBが似た性質を持つなら、互いに引き合うってこと。

でも、引き寄せの法則はどうだろう?

この法則は、Aが一方的にBを引き寄せようとしている。

『引き合う』ではなくて、『引き寄せる』わけだから。

最初にこのネーミングを用いた人は、確信犯だったと思う。
『引き合う法則』なら、本は売れなかっただろうね。

『引き寄せよう』という言葉は、一方的に執着している状態。
これは良くないよね。

でも実際は、この言葉によってさらなる執着にまみれ始めた人が出てきてる。

何かを手にしようと努力している人がいたら、「頑張ってください」でいいと思う。

「それは、引き寄せの法則で……」なんて言わなくていいはずだから。

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執着を捨てる

例の元少年Aの出版には、とっても腹が立ったので勢いでブログ書いちゃったけど、今読み返すと、自分の怒りの感情が吐き出されたせいか、かな~り冷静になれる。

怒ってた自分がどこかに消えたみたいに……。

あ、もちろん、あの出版は良くないと思う。

でも、それにばかり執着しているのは、良いこととは言えない。

いろんな宗教があって、それぞれいろんな教えがあるけれど、欲望に囚われるなとか、煩悩を捨てると言ってるのは、執着し過ぎてはいけないということだと思う。

モノや過去に執着すると、自分にあるはずの基準が、その執着しているものに移ってしまう。
執着しているものの動きによって、自分の方が動かされてしまう。
これは、自分らしく生きているのとは違うよね。

元少年Aは、自分の犯した犯罪に今でもずっと執着し続けて、結局離れられずにいることになってしまった。

たくさん反省し、罪を償い、自分が生かされていることに感謝していれば、こういうことにはならなかったと思う。
自分の欲望を捨てきれず、これから先も、それにずっと執着したまま生きていくんだろうね。

人間だから、怒ったり、悲しんだりすることはあるし、そういう感情も出していいんだと思う。
いや、自分の中に押し込めるくらいなら、出した方がきっといいはず。
(誰かを傷つけるようなのは、あんまり良くないけどね。)

ただ、そういう感情を出し切ったら、その執着も手放さなきゃいけないよね。
それが、自分の中の基準を保ち、今を生きることにつながるから。

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元少年A(酒鬼薔薇聖斗)が出版『絶歌』

元少年A(神戸連続児童殺傷事件・酒鬼薔薇聖斗)が、株式会社太田出版から『絶歌』のタイトルで出版するみたいです。

太田出版のサイトはこちら。
http://www.ohtabooks.com/

いろいろと話題になっています。

被害者遺族には、何の連絡もなく、いきなり出版に至ったようです。
遺族は出版して欲しくないということを訴えていますが、本人も出版社も止める気はないみたいです。

何も説明していないわけですから、発生する印税も、遺族に支払われる予定もないのでしょう。

裁判で言い渡された罪を償えば、罪は消えるのでしょうか?

今回の出版は、明らかに事件を特定し、被害者が誰であるのか、容易にわかってしまいます。
これは、亡くなった被害者及び残された遺族を再び苦しめることになります。
遺族は、加害者に対してメディアには接触して欲しくない……と伝えていたようですから、被害者遺族の想いは、完全に無視されたことになります。

そして、過去に自分が犯した犯罪を商売のネタにして利益を得る……という、歪んだ精神構造は、とても反省した人間の行動とは思えません。

人の命を興味本位で奪うという残忍で悪質な犯罪を犯し、少年と言うだけで社会復帰を果たし、その犯罪によってさらに利益を得るというのであれば、犯罪が利益を生む……極端な言い方をすれば、凶悪犯罪を助長することにもつながります。

周りの理解を得た上で出版するのであれば、ある程度の意味もあったかもしれません。

でも、金儲け主義の出版社と元少年Aは、遺族には一切連絡せずに出版しようとしているわけです。
これには、大きな悪意を感じます。

現在の日本の法律では、残念なことに、故人にはプライバシーがありません。
でも、元少年Aはのプライバシーは守られています。
しかも反省などしておらず、謝罪の気持ちも無い。

司法の在り方も疑問です。

遺族の心は、今回の出版で殺されることになります。

凶悪事件ネタになり、犯罪者に対して、利益を与える結果になっては絶対にいけない。
たとえどんな理由があろうとも。

この、太田出版に対しても腹が立っています。

どれだけ利己主義で、どれだけ金儲け主義なんだよ!と、叫びたいくらいです。

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魂の覚醒

最近、頭鳴りがすごいのだ。
四六時中、頭の中で鳴ってて、それが2つとか3つとかの時もある。

……普通におかしい人だよね。

で、もちろん病院に行ったけど、脳には全く異常なし。
健康な脳だって。
閃輝暗点とか起きると、その時は困るけど(運転中は非常に困る)、治まってしまえば、元通りなので、本気でどうにかしようとは思わないんだけどね。

脳が変化してるのか、外からの力に反応してるだけだろうから、あんまり考えても仕方がない。

で、日に日に自分の感じるモノが変化していくので、それを一つずつ細かく分析する余裕はないです。
マジでないです。

でも、もうそんなに遠くない気がしますです。

後は流れに身を任せて、心を落ち着かせる。
ただ、それだけなのだ。

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『このミステリーがすごい!』大賞

応募締切が迫ってますね。

http://konomys.jp/outline/30.php

枚数が結構多いので、ギリギリ間に合うかどうか……。
ゴールデンウィークも遊んじゃったし、仕事を休んでる場合じゃないし。

まぁ、間に合わなかったら来年ということで。

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ほぼ日記

ほとんど誰も読まないブログをこうやって書いてるけど……完全に日記状態。(*´Д`*)
前は、誰かに伝えたいことが……知って欲しいことが……たくさんの人と会話を……って思っていたけど、いつの間にかそういうのは減ってしまったのだ。

心が鈍く……というか、感性が鈍化しちゃったんだね。
老け込んでしまったのかもしれない。

全然関係ないけど、ペットの体調も良くない。
人間よりも老いる速度が速いから、良く見ていてあげないと、急な悪化を見逃してしまうことが心配。

明日はいい日かな?

きっといい日だよね。

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宇宙人?

いろいろ変わったことを考えるのは昔からなんだけど、宇宙人ってはっきりした形を持ってないんじゃないかなって思うのだ。

最近夜中にパチッ!って目が覚める時があるんだけど、透明なんだけどくるくる回る何かがいる。
そいつがいると、決まって頭に中にノイズが入るんだよね。

『なんだろう?』ってずっと考えながら見てるんだけど、じーっと見てるうちに目が疲れてきて、瞬きしたり、目をこすったりしてるうちに見えなくなってしまう。

怖い感じは全くなくて、手を伸ばして触ることもできるんだけど、すり抜けてしまうだけ。
何かもやっとした感触はあるんだけどね。

で、いろいろ考えてたら、こいつって宇宙人?とか思ってしまった。

回ってる感じがUFOが回ってるのと被る。

昔のSFだと、タコのような火星人だったり、今だとグレイっていう灰色っぽいのがよく描かれてる。
でもそれって実際は全く違っていて、存在の定義から違うような気もする。

だからもし宇宙人が本当にいれば、こんな不思議な存在なのかも……。

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川崎市中学生殺害事件で考えること

川崎市川崎区の多摩川河川敷で同区の中学1年、上村遼太さんが殺害された事件で、やっと少年3人が逮捕されました。

少し前からインターネット上では、犯人と思われる少年の名前や顔写真が出回っていましたが、テレビでモザイクのかかった画像と同じですので、情報は間違ってなかったと思われます。


実刑が確定する前に実名報道するのは、問題があるのかもしれません。
誤報ももちろんいけません。

ただ、被害者の少年やその家族のプライバシーは保障されずにどんどんメディアで掘り下げられるのに、このことは何の議論もされず、犯人に対して擁護するような声ばかりが表面化するのは、とても不思議です。

叩く人が増えれば増えるほど、それを守ろうとする人が増えるのは、ある意味では自然ですが。


昨日の逮捕の報道では、少年は弁護士と一緒だったそうです。
そして、未だに否認し続けています。

逮捕前に、すでに逮捕されるとわかっていたから弁護士を用意したのでしょうけど、やっていないのであれば、弁護士は必要ありません。

ここで、非常に大きな悪意を感じました。 親子共にです。

被害者に対しての謝罪は微塵も感じることはできません。
日常的な暴力は、周りの証言からすでに否定できない状況にあります。

少年犯罪に関しては、『家庭裁判所』が裁きます。
警察、検察は、調べることはしても、裁判に立ち入ることはできません。
これが少年法によるものです。

14歳未満の子供は、刑事罰を与えることができません。
これは刑法に定められています。

悪質犯罪の場合、通常は、家庭裁判所で刑事罰を与えることが必要とされた時に限り、家庭裁判所が検察に送致します。
そうなると検察は起訴することになり、少年事件としてではなく、刑事事件となります。
ただし、18歳未満には死刑判決はできないことになっています。

強姦目的で女性と赤子を殺害した『光市母子殺害事件』では、刑事事件となっていますが、山口地裁では、更生の余地があるとして『無期懲役』。
当然、死刑を求めて検察は控訴しますが、広島高裁はそれを棄却します。

成人ならば、死刑判決を受けるべきであるのに、未成年と言う理由で無期懲役。
いずれそれも恩赦で社会に出てくるところでした。

しかし、この犯人は、全く反省していない内容の手紙を友人に送ります。
これを検察は証拠とし、また、被害者の夫は必死に社会に訴え続けました。
自分の人生を投げ打って戦い続けているように見えました。

なぜ、被害者が最後まで辛い思いをさせられるのか、とても悲しく感じたのを良く覚えています。

そして、社会の声が後押しとなり、最高裁は広島高裁の判決を破棄し、審理を高裁へ差し戻すことになります。

その後に、やっと死刑の判決が下ります。

判決に納得できない犯人は、上告しますが棄却され、死刑確定となりました。

被害者の家族の必死の訴え、社会の後押しがなければ、無期懲役で終わっていたと思います。
犯人の謝罪の気持ちが本当なら、死刑判決も素直に受けるでしょう。
他人は簡単に殺すけど、自分は死にたくない……そういう身勝手な考えしかない犯人が更生するのは不可能です。


今回の川崎市での事件も同じです。
最初から弁護士を連れてくるということは、事件の真相を語るつもりは無く、自分が有利になりたいだけであるということが容易に推測されます。

今は否認していますが、状況が悪くなれば、弁護士は「更生の余地がある」「殺意はなかった」といってくるでしょう。
だから社会は、厳しい目で最後まで見ているべきです。

『光市母子殺害事件』の被害者のご主人のように、強い意志で立ち向かえる人は少数です。
被害者の多くは弱い存在です。
自分で戦えない人がほとんどです。
だから社会が厳しい目で見ていなければいけない。

私はそう思うのです。

上村くんのご冥福を祈ります。

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